第4回目の総会・懇親会が開かれました
 

 1971年次稲門会の平成21年度総会及び懇親会が11月28日(土)午後4時から、「大隈ガーデンハウス」で開かれました。お忙しい中、多数のご出席ありがとうございました。

 


 
  ●当日の写真は以下のサイトで閲覧、ダウンロードができます
   http://photoget.jp/sys/PhotoRoom/PhotoRoom.aspx?rid=TXTGJ
 
  ●今回出席された方は、アンケートにご協力ください
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「ヨンロク短信」第26号

<平成21年度総会 特集号>

                  (平成21年12月2日、文中敬称略)

1971年次稲門会の平成21年度総会・懇親会が11月28日(土)午後、早稲田大学・大隈ガーデンハウス(大隈庭園隣り)で開催された。今年の総会は4度目で、年々、出席者の数が減っており心配されたが、当日出席を含めて85名の出席者があった。

総会では、最初に、1971年次稲門会の会長、田村健(教育学科)が開会の挨拶を行い、会長代行の山田章博(政経)、新会計担当の沖田啓了(教育)が昨年度の事業収支、今年度の事業計画と予算、幹事長の野口和久(法)が幹事人事の一部変更という提案があり、いずれも満場一致で承認された。

幹事人事では、会長の田村健から体調を崩し申し出ていた辞任を了承、新会長には、会長代行の山田章博が就任、会計担当も香川誉夫から沖田啓了に代わる。また、会則を一部変更して幹事の数を現行の20人から40人にすることも承認された。田村さん、香川さん、長い間、ご苦労様でした。これからも頼みます。

続いて、今年の総会のメインイベントである、ともに同期の元NHKアナウンサー、山根基世さんと上村達男・早大法学部長の講演が行われた。

山根さんは、「サケが川に戻ってくるように、こうして同期の皆さんが集まったのは素晴らしいこと」とし、現在、力を入れている「ことばの杜」のこと、そして早稲田の思い出を「早稲田臭(わせだしゅう)」という表現でユーモア交えて話してくれた。

上村教授は、早稲田大学の現状、早稲田の思い出、そして、山根さんの講演で思ったことなどを、こちらもユーモアたっぷりに語ってくれた。上村教授は、この日は、お嬢さんの結婚披露宴から駆け付けてくださった。多謝、多謝。

2人の素晴らしい講演に、参加者は熱心に聞き入り、惜しみない拍手を送った。ここでは、山根さんと上村教授の講演の概要(文責 野口和久)を紹介したい。

このあと、参加者全員の集合写真撮影が行われ、引き続き懇親会に移った。来賓の早稲田大学校友会幹事、岩永光司・組織委員から「ともに、母校・早稲田のために力を出し合いましょう」と挨拶。乾杯の音頭は、大分から駆けつけた前幹事長の篠田憲明(政経)が力強く行った。

 懇親会は、1昨年から大人気となった抽選会に。司会の山田章博のテレビ司会者顔負けの進行で、応援部チアガールがアシスタントを務めてくれた。総会関係者や同期の有志の皆さんが提供してくれた素敵な賞品が次々と「当選者」に手渡された。

懇親会の最後は、早稲田大学応援部のリーダーとチアガールによるリードで「紺碧の空」「早稲田の栄光」「早稲田大学校歌」の斉唱。校歌のときは、出席者全員が大きな輪をつくり肩を組み合って歌ったが、目に涙を溜めて歌う出席者の姿もあった。

幹事長の野口和久の「来年(平成22年度)の総会は2010年11月6日(土)16時から、ここ(大隈ガーデンハウス)で開催します。来年も、ここで、またお会いしましょう」という閉会の辞で、今年の総会・懇親会は滞りなく終了した。

総会終了後、講演された山根さんと上村先生は、幹事有志らと早大近くの居酒屋「源兵衛」での2次会にお付合いしてくれた。ここでも、青春のワセダで盛り上がりサケも弾んだ。この席で、野口幹事長が山根さんと上村先生に当会の幹事就任をお願いした。

お二人とも、笑ってうなずかれたので、了解してくれたもの、と思っています(野口)。さっそく、下記の幹事団名簿に登録させてもらいました。お忙しいので幹事会出席は難しいと理解していますが、この会の精神的なバックボーンとしての役割を期待しています。

また、冒頭にも書きましたが、今年の総会は、毎年出席者が減っていくので心配していたのですが、お二人が講演される、というので出席の方が多数来ました。出席者が少し上向きになったのも、お二人のお陰です。ありがとうございました、来年もよろしくお願いします。山根さん、上村先生。


山 根 基 世 さ ん の お 話

NHKで『小さな旅』をやっていた頃、地方で出合った早稲田の後輩の方から『山根さんは早稲田でしょう』といわれたことがあります。自分では、どうなのかしら、と考えましたが、慶應でも白百合でも聖心でもないし…。いつの間にか、早稲田臭(わせだしゅう)がついたんだと思いました。

  早稲田のいいところは、みんな早稲田にいることに満足していること、不満足な人はいなかったのではないでしょうか。きょうは、そうした仲間が、鮭が生まれた川に戻ってくるように、こうして集まったのは、とても素晴らしいことだと思います。

  いま、有限責任事業組合『ことばの杜』を立ち上げ、頑張っています。NHK時代の仲間の広瀬修子さん、宮本隆治さん、松平定知さんの3人で、子どもの言葉を育てるのが目的です。いま、子どもの言葉を学校では教えていません。スピーチとかディベートだけです。ひとりの人間が隣りの人と、どう心を通わせるか、人間関係を築くための言葉がないような気がしてなりません。

数年前、渋谷の歯科医一家で弟が妹を殺害する事件がありました。事件のあと、母親が『あの娘(こ)はごめんなさい、が言えない娘でした』と述べたのを聞いて愕然としました。母親は、小さいときからごめんなさいが言える子を育てればよかったのです。

夫婦の間でも、親と子どもの間でも『ありがとう』、『ごめんなさい』を言うことは大事です。先日、俳優の森繁久弥さんが亡くなったさい、NHKが追悼番組を組み、私も急遽、(司会に)呼ばれました。リハーサルもなくぶっつけ本番で、中村メイコさん、北大路欣也さん、西田敏行さんとご一緒でしたが、放送後、不出来で落ち込んでしまいました。

家に帰っても、髪をかきむしるような思いで、自分で苦しんでいました。そんなとき、夫が『人が死んだあとだし、ぺらぺら喋るのも変だし、こんなもんだよ』と言ってくれて、ようやく落ち着きました。これで、うちは、あと3年は持ちます。(会場に笑い)

いま、子どもと父親の会話をみていても、『ジュース』といえば通じるというように、主語と述語がなくて済むようになっています。みなさんも、夫婦の間、親と子どもの間で『ありがとう』、『ごめんなさい』を言うように、社会の中で一緒にやってほしいと願っています。

それから、日本のオバマを育てたいと思っています。大統領になるのでなく、スピーチの上手な子どもを育てたいのです。オバマの『チェンジ』、『イエス・ウィ・キャン』といった言葉は、自信を失いつつある若者に希望の灯を与えました。米国の現在の姿に不満を抱え込んだ若者たちは、高らかに世代の声を上げました。若いうねりが、アメリカの政治を変えようとしています。

  私たちの世代は、キング牧師の言葉に感動しました。『私には夢がある。いつの日か、ジョージア州の赤い丘の上で、かつての奴隷の子達と、かつての奴隷の所有者達の子達が、兄弟愛というテーブルで席を共にできることを』という言葉でした。現実に、黒人のオバマが大統領になりました。キング牧師の言葉を受け継いだオバマが夢を実現したのです。

私は、子どもの言葉を育てるという仕事を始めたばかりです。あまり大きなことはいえませんが、私たちは、いままでの熟年といわれた世代と違った新しい生き方をしようではありませんか。鮭が川に戻るように、みんな、このように、ここに戻って来ました。ここにいるみんなが手を携えればきっと大きなことができると思います」(大きな拍手)


上 村 達 男 教 授 の お 話

「司会者(司会の小宮扶美男君はバレーボール部OB)から紹介されたように、いまバレーボール部の監督をしています。実は、自分もやっていたラグビーの監督を狙っていたんです。歴代ラグビー部長は奥島さん、佐藤さんと法学部長だったので、次は私だと思っていました。

ところが、後輩の島田陽一君が、私を外すためバレーボール部長にしてしまい、彼が部長になってしまったのです。こうなったら、女子チームが優勝して胴上げで女子部員の手の中に、という私の夢がかなうのを願うばかりです。(会場爆笑)

 早稲田大学の近況をお話しましょう。部長を務める法学部のほうでは、司法試験の合格者数が落ちていると批判が出ています。かつては東大に次いで2位でしたが、いまは5番目です。これは、ロースクールで勉強して合格して立派な法曹人になる、という理想の教育をしているからで、心配はいりません。早稲田は王道を歩んでいます。

 国が優れた研究に助成する『グローバルCOE』プログラムでは、法学部の会社法の研究などが採択されています。しかも、研究の事後評価では東大や京大の研究より、高く評価されています。こうした大学より創造力では勝っていると自信を持っていえます。

 創立125周年のさいには、皆さんにも寄付金等々でお世話になり、ありがとうございました。この125周年の式典では世界の大学の学長100人近くを招きました。海外の学長は「なぜ125周年で祝うんだ」というのです。

 早大サイドは、『創立者の大隈重信が人生125年を唱えたから』、などと説明するのですが、首を傾げるんです。世界の大学は、創立500年は普通で、700年、900年とあるから、到底、理解できない。だったら、『早稲田は近代法を学ぶ制度をつくって125年になる』、といえばよかった。これは間違いない事実です。

山根さんのお話を聞いて、2つのことを思いました。『ありがとう』、『ごめんなさい』は、私は家庭でもきちんと励行しています。女房がチャーハンをつくってくれたときも、『ありがとう』とちゃんと言っています。

 早稲田臭(わせだしゅう)の濃さ、は誰にも負けません。父も理工で、息子も理工、家内は法学部です。高等学院3年のとき、早大教授していた父が亡くなり、母は早大に嘱託でお世話になりました。一族そろってお世話になっています。ですから、早稲田に足を向けては眠れません。そういった意味で、早稲田臭の濃さでは負けません。

 いまの学生についてですが、我々の学生時代、図書館に吉永小百合が来ていました。みんな遠巻きにそれを見ていたものです。いつぞや中退した女優は、お尻を触られてやめたなんて話もあります。我々は、ずっと品格のある世代だと思います。

また、我々の時代は、校内に立て看板が林立し、マイクで演説する活動家の学生が日常の風景でしたが、いまは、管理が厳しくなって、そうした光景はみられません。ばい菌がなくなった無菌状態のようで、いわゆるたくましさには欠けています。我々は、マルクスやウェーバーをめぐって議論したものですが、これも、いまの学生にはみられません。

これらは、我々の責任かもしれません。彼らに、ものを言ってくれる世代は、我々の世代しかないような気がします。私も、自信を持って、あと10年、引っ張っていこう、と思っています。」(満場拍手)



<来年度(平成22年度)の総会の日程>

1971年次稲門会の平成22年度総会・懇親会は11月6日(土)16時から、今年と同じ大隈講堂裏側の大隈ガーデンハウス、で開催することになりました。

この期間は、早大生のイベント「早稲田祭」の開催期間中で、学生時代を思い出す、いい機会になるかと思います。お友達をお誘いの上、ふるってご参加ください。


<幹事と幹事会協力メンバー一覧(平成21年11月28日現在)

幹事

氏名

学部

備考

氏名

学部

備考

 

 池田 秀勝

11組

▽篠田 憲明

政治学科、応援部

今枝 計之

田村  健

教育学科

○上野 祥子

大滝ゼミ

中村準一郎

金属工学科

上村 達男

法学部教授

中村 昌枝

英語英文科バレー部

沖田 啓了

名古屋俊士

早大理工学部教授

香川 誉夫

合気道会小川ゼミ

野口 和久

早稲田精神昂揚会

 木村  久

雄弁会

広井 忠男

元新潟県議会副議長

草川 一馬

機械工学科

堀越 和子

女子バスケットボール部

倉田 和育

空手部

蓑田 豊一

貿易学会

小林 壮貴

鈴木英寿ゼミ

◎山田 章博

経済学科

小林 正幸

ラグビー部

山根 基世

「ことばの杜」発起人

○小宮扶美男

バレー部

分部 治久

機械工学科

笹倉健一郎

漕艇部

古澤 鳳悦

顧問

佐野 敏恵

教育学科

◎が会長、○が副会長、△が幹事長、▽が副幹事長

幹事会協力メンバー
   

 奥山ふさ江   商   小川ゼミ   御代川総一郎   政   経済学科 
 河邊けい子  商  小川ゼミ      

                        ※いずれも敬称略、アイウエオ順


☆ 幹 事 を 募 集 中 で す !

 学部を超えて集い、団塊世代ど真ん中のパワーを発揮して、一緒に母校を盛りたて、友情を分かち合いましょう

 幹事会メンバーは月1回程度の会合(終了後の懇親会付)のほか、野球の早慶戦観戦や小旅行などを行うなどして、懇親を深めています。

あなたも 幹事会の輪に加わってみませんか。

 希望される方は、上の名簿に出ている幹事に遠慮なく声をかけてください。